序言

アメリカ心臓協会(American Heart Association AHA)の本部がある米国テキサス州ダラス市において2005年1月23日から1週間にわたり、Guidelines 2005 for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care, International Consensus on Science発表後の心肺蘇生に関するエビデンスを討議し、新しいコンセンサスを導く目的で、AHAの財政的支援下に、国際蘇生連絡協議会(International Liaison Committee on Resuscitation ILCOR)の2005 International Consensus on ECC & CPR Science with Treatment Recommendation(コンセンサス2005会議)が開催された。

AHAの心肺蘇生部門にはACLS, PLS, BLS, NRP, Interdisciplinary, First Aid ,Stroke, ACS AMIという8委員会subcommitteeがあり、その委員とILCORからの委員には予め心肺蘇生に関する約277のトピックからいくつかが割り当てられていた。各委員はPubMed, Elsevier, Cochraneなど代表的な学術文献データベースを隈なく検索し、担当分野のエビデンス(学術文献)を集め、評価した。その結果をworksheetにまとめ各委員長などの審査、校正を受け、完成したworksheetはhttp://www.c2005.orgに公開され、コンセンサス2005会議参加者にはCD-ROMとして配布された。この会議はそのworksheetについて討議しコンセンサスにまとめる会議であり、議論のあるトピックは全体会議、分科会議の口演で討議され、あまり議論の余地がないトピックはポスターセッションで取り上げられた。口演もポスターも発表には、予め配布されたPowerPoint templateの使用が義務付けられた。そのコンセンサス会議の内容は、タスクフォースにより編集され約300ページにまとめられ、各学術誌編集者の査読を受けてCirculation, Resuscitation およびPediatricsの2005年11月発行誌に公表された。またそれと同時進行で、米国内ではAHAガイドラインの、また欧州ではEuropean Resuscitation Council (ERC)ガイドラインの改訂作業が進行していた。改訂された新しいAHAガイドライン2005はCirculation電子版としてはILCORによるコンセンサス発表と同時に発表されたが、印刷誌としては12月13日号のSupplementとして発行された。その改訂内容の要点がAHAとCitizen CPR Foundationから季刊誌として発行されている”Currents in Emergency Cardiovascular Care”の2005・2006年冬号に特集され、いち早く翻訳された日本語版が2006年1月に発行された。

この「AHA心肺蘇生と救急心血管治療のための国際ガイドライン2005」はその”2005 American Heart Association Guidelinesfor Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care”が先ず医学翻訳の専門家により翻訳され、日本蘇生協議会(Japan Resuscitation Council JRC)傘下の学術団体による綿密な監修を受けたものである。日本蘇生協議会は2002年(平成14年)1月の正式発足当時から、日本蘇生学会、日本麻酔科学会、日本循環器学会、日本小児科学会、日本救急医学会など心肺蘇生に関係した学術団体と諸団体から成っていたが、2006年7月には日本脳卒中学会も正会員となり、翻訳監修に参加した。従って、このガイドラインの翻訳にあたっては、医学専門用語はもとより委員会など固有名詞の訳語にいたるまで細心の注意が施されている。また、各国または各地域の蘇生委員会はILCORによるコンセンサスを基に、その地域のエビデンスや特殊事情を加味したガイドラインを策定してよいことになっているが、このガイドラインはAHAのガイドラインではあるが、最近になって発表された日本救急医療財団の心肺蘇生委員会による我が国の心肺蘇生ガイドラインとの相違点をも掲載している。

新しいガイドラインの主な変更点は胸骨圧迫心マッサージ回数と人工呼吸回数との比、や電気的除細動の回数や電気ショック直後のCPR再開などいわゆる一次救命処置の手技が主なものである。AHAでは、この新しいガイドラインに沿った各種教材を次々と刊行しているが、このガイドラインはすべての教材の基礎となるものである。文章は推敲に推敲を重ねられ、引用文献も厳選されている。AHAでは各worksheetの著者が蒐集した心肺蘇生に関係した文献(エビデンス)を文献整理ソフトであるEndNoteを使用してMaster Libraryとして整理保存されている。

このようにILCORは2005年の科学的国際コンセンサスをまとめ、世界各地の心肺蘇生ガイドラインの改訂指導に成功したが、すでに次回2010年改訂に向けて始動し、年次計画が立てられている。今回の改訂までは、日本蘇生協議会(JRC)はILCORの正式オブザーバーという立場であったが、2006年5月ノルウエー・スタバンガー市で開催されたILCOR総会においてJRCが主導するアジア蘇生協議会(Resuscitation Council of Asia RCA)がILCORの正会員として認められた。先に述べたように、各地域のガイドライン改訂の基礎となるコンセンサスはPubMedなどの学術文献データベースから導かれるので、次回の改定に寄与するにはそのデータベースに収載されるような原著論文や症例報告をResuscitationなどの学術誌に発表することに尽きる。

このガイドラインは心肺蘇生に関係した教育、実地訓練の拠り所としてだけでなく、蘇生科学の研究課題を探す上でも大変に貴重な情報源である。日本蘇生協議会(JRC)としては、翻訳監修に多大な貢献をいただいた各学術団体に深甚の感謝を申し上げるとともに、このガイドラインを各方面で大いに活用され、次回改訂のためのエビデンスを日本の医学界からも多数発信してほしいと心から願うものである。

日本蘇生協議会会長  岡田 和夫
福岡大学医学部救命救急医学教授  田中 経一

AHAガイドライン2000は、1992年のガイドラインから改訂されるまでに8年間かかった。今回日本語版を作成するにあたって、AHAより原文に忠実に翻訳するようにとの要望のもとに、各翻訳ご執筆担当の先生方へご依頼申し上げました。本ガイドラインの監訳にあたった者として、隅々まで読む機会があり非常に充実感を感じている。これを要約した多数の紹介や解説が散見されているが、本ガイドラインの訳はじつに奥深い内容をもち心肺蘇生に関するハンドブックであり、また随所に引用文献も示されている。その文献数は1950年代から2000年までの半世紀分の心肺蘇生に関連したおよそ3,000件(重複はあるが)に及ぶ文献が網羅されている。まさに本書は心肺蘇生のエンサイクロペディアの範疇に入ると思われる。

心肺蘇生法はBLSとALS(ACLS)に分かれるが、命が助かる機会は、心停止で発見されたときにasystoleでなく心室細動のときが高いが、これへの対策に重点を置いた考えが全編に流れている。

1992年から8年が経過した2000年に本書が出版されたのは、単なる年代の語呂合わせでなく、相応の理由があってのことである。近年、Evidence Based Medicine(EBM:根拠に基づいた医療)の考えが医療の中で評価されていて、CPRの手技、手法についても文献の評価が徹底してなされ、勧告の程度についてもクラスI、クラスIIa、IIb、クラスIII、クラス未確定として分類された。

次に国際性を持たせることで文献を世界中から網羅しているだけでなく、アメリカのダラス市で1999年9月,2000年2月とデータを集約、分別する作業を行うなど、ガイドラインの作成の会議をもち完成させていった。その作業は気の遠くなるような忍耐力、集中力が要求されたが、これをさらに会議後もぎりぎりまでE-mail、FAXで討論して2000年8月22日号の『Circulation』誌に特集号として発表されたのである。ここで特筆したいのは,ヨーロッパ蘇生協議会(European Resuscitation Council,ERC)を中心にしたILCORの存在である。ILCORはInternational Liaison Committee on Resuscitationの略で国際蘇生法連絡委員会と呼ばれるが、あくまでも世界の蘇生法の向上,教育の普及を目指す緩やかな結合体である。このILCORとAHAが車の両輪となり、AHAがガイドライン2000を築き上げたといえる。

BLS(一次救命処置)ではEBMに基づきかなりの変更点がみられるが、目指すのは市民が覚え易いよう簡素化したことである。市民が勇気をもって蘇生を始めるために、障壁を取り除くことを心がけたが、その上生存率の向上のため有効なCPRにするため理論的な裏づけもなされている。”循環のサイン”が脈拍触知の代わりになること、成人に対する場合は何人で行おうと心臓マッサージと人工呼吸が15:2と憶えやすくなり、呼吸量も10 mL/kgと少なめにしてよいことなどは、今後日本でいろんな部門で行う教育で軌を一にして改められると思うが、日本での教え方が少しずつ異なり、市民受講者が不満不信をもっていたことの解消にも繋がると思う。

二次救命処置では、エピネフリンがクラスIでないのは、EBMでの検索で確固たる論文がないためであろうが、このガイドラインがいかにこのEBMに忠実であるかの証拠にもなる。もちろん、エピネフィリンが心蘇生で広く使われている事実をもとにガイドラインは構成されている。

成人で突然意識喪失、転倒した時は、呼吸停止だけの状態は少なくて心停止に進むことが大半で、その中で心室細動(VF)が大多数を占めるとの疫学分析から、いかに有効に救命するかに関し、”Chain of Survival”の考えを提唱した。そして、一次救命処置に入るスタンスをとってAED(automated external defibrillators)を強力に推薦している。国の事情により全世界で同時にスタートとはいかないが、AHAが心疾患での心停止の中でVF対策が医療全体を俯瞰しても焦眉の急であるという信念のもとに、PADの概念を強く出してVFを迅速に除細動するシステム作りまで提唱しているのが本ガイドラインの特徴である。12誘導心電図を院外モニターとして応用することも(クラスI)、冠動脈症候群を念頭に置いての対策である。

脳虚血への対策も発作2時間以内に線溶療法を開始すること、このために脳疾患専門医療施設への搬送もクラスIとしている。このような救命のターゲットを明解にして、本書が構成されているが、小児、新生児の蘇生に多くの頁がさかれているのも従来の1992年までのガイドラインでみられなかった変更点である。これは一般人よりも医療関係者の小児科領域だけでなく、すべての医療関係者のためにも非常に有難い。日本での特長で口腔内異物としてモチがあるが、異物の処置をこのガイドラインでは簡単に流しているが、日本での対処は別の項目立をして考えた方がよいかもしれない。

本書の翻訳は数多くの専門家の先生方に行って頂いた。各学会からの代表として参加された方のほかに、専門分野に関し特にお願い致した先生もいらっしゃる。まったくの無報酬で快く忙し日程をこなして本当の意味でボランティアとして協力頂いた。心から御礼申し上げたい。
AHAのHernan Ricaurte氏と株式会社バイオメディスインターナショナルの出版での尽力にも感謝の意を表したい。

追記:尚、このガイドライン出版後に改める点が『Currents』誌に発表されたが,本書ではこれに従ってそれらの部分の訂正がなされている。

2001年12月
帝京大学医学部麻酔科教授 岡田 和夫
(財)日本救急医療財団常務理事 美濃部 嶢